恋する七夕 ~ピンクの短冊に愛を込めて~
(けど残念だな、おまえの大事な女は所詮俺のお下がりなんだよ。おまえが大事にしてるあいつの体の隅々まで、とっくにもう俺が見て触って抱いた後の中古品なんだぜ、ざまあみろ)
見下してやるつもりなのに、なぜかもっとイライラしてくる。
健吾がもう触れることはない千草の、華奢な首筋やほのかに甘い体臭のする脇ややわらかな太腿の内側、そんな弱点にこの男はいつでも気兼ねなく触れて嬲って好きに千草を抱くことができる。最中はいつも控えめに鳴く千草の、あの耳に甘いとろけた嬌声をこの男は今晩にでも聞くことが出来る。
……べつに未練なんてない。けれどあの女は俺のものだったのに。
(おまえなんかにくれてやるために別れたわけじゃないのに)
ようやくエレベーターが下りてきて、乗り込んですぐだった。行き先階ボタンを押そうとしていた男に「おい」と声を掛けていた。男はすこし驚いた顔をして健吾を見る。
「あいつは軽いから、気を付けたほうがいいぜ」
男はすぐに健吾のいう「あいつ」が千草のことだと察したのだろう、ボタンを押す手を止めてまじまじと健吾を見下ろしてくる。……本当に無駄に背が高い。健吾は男の体格の良さに苛立ちを深めながら、千草に夢中でいるのであろうこの男の心を波立たせてやるために皮肉っぽく言ってやる。
「まあ俺に忠告されるまでもなく、あいつと付き合ってるならあんただってもう身をもって知ってるんだろ?あいつが見た目ほど身持ちが堅い女じゃないってこと」
暗に「あんたも付き合って早々に千草とヤったんだろ」と言ってやったつもりだった。どうせまた余裕ぶった笑顔で受け流してくるんだろうことは想像済みだからこそ、下世話なネタを吹っかけてやりたくなっただけだったのだが。
男はちいさく息を飲んで、それからいかにも困ったように視線を足元に落とした。その表情を見て不覚にも健吾の方がうろたえそうになった。今の反応で男と千草の関係がすべて悟れる、それくらいに素直な反応だった。