恋する七夕 ~ピンクの短冊に愛を込めて~
胸に広がる苦い感情は、まるで自分が下手を踏んでしまったときに感じる後悔や悔しさに似ているような気もしなくない。そんなことを考えているうちに扉が開いて、千草が新人と帰ってきた。
千草は今日は真っ白な開襟シャツを着ている。以前は欠かさず身に付けていた、健吾が贈ってやったネックレスはもうとっくの昔に外してある。でも千草の首元にはまだ新しいネックレスはない。薬指も空っぽのままだ。
そのとき思った。今ならまだ間に合うんじゃないのか。
千草はまだあの男に抱かれていない。あの男の手垢はついていない。寝取られてないなら、今ならまだ千草を取り返せるんじゃないか。
「健吾先生?」
渡されたギフトのパンフレットを無意識に握り締めていた。ひしゃげたそれは、自分の中の何かに似ている。自分が自分で歪めてしまったもの。もう元のきれいな状態には、どうやっても戻らないもの。
(……馬鹿なこと考えるな。べつに女は千草だけじゃないだろ)
千草を振ったのは自分だ。別にもともとタイプだったわけでもない。もっと連れて歩いていて自慢になるような、見栄えのする女の方が好みだ。千草が自分のことを好きだから、ちょっと付き合ってやっていただけだ。こっちの方が未練があるような無様なことを自分がするわけない。
(……あんな女とヨリを戻すとか、血迷ったか、俺は)
そう思うのに、今夜こそ千草があの男に誘われるのかと思うと、辺りにあるものを今すぐ手当たり次第蹴散らしてやりたくなるほどの苛立ちが込み上げてくる。
千草を手放したことが正解かなんてわからない。……でもそれでも、そんなに簡単に自分のスタンスは変えられないのだ。
-------どうせもうすぐ千草はいなくなる。
(こっちもさっさと次の女作ればいいだけの話だろ)
よく見もしないでパンフレットに丸を付けると、健吾は胸を去来する苦い感情ごとそれをデスクの上にそれを放り出した。
【end】