恋する七夕 ~ピンクの短冊に愛を込めて~
(……いやいや、焦りは禁物だろ)
自分もいいオトナだ。余裕がないところを見せて嫌われたくない。
(ここへきて「やっぱり軽い男だ」とかって警戒されたくないしな)
せっかくこうやって、単なる「同じビルに勤めていた人」から「休日に一緒にスイーツめぐりをする友人」になれたのだから、出来るだけ心象を悪くする要因は排除しなければならない。
あともうすこしで届きそうな場所にある彼女の手に未練を感じながらも、彰人はぐっと堪えて手を引っ込める。
(……これもいつかは彼女の「恋人」に昇格するためだ)
◇
藤村千草を勤め先のビルで見かけるようになったのは、去年叔父の会社に来てすぐの頃。
ときどきエレベーターで一緒になる彼女をひそかに「ちょっとタイプだな」と思っていた。「いいな」とはっきり好意が確定したのが、たまたまエレベーターで降りてきた彼女に社のクリスマスのイベントの一環でクッキーを渡したときだ。
他のビルの利用者はサンタクロースコスチュームの自分を半分不審者を見る目付きで遠巻きから見ていたのに(当然と言えば当然だが)、千草はにこにこ笑って「クリスマス本番の今日はサンタさんはこんな時間まで大忙しなんですね。おつかれさまです」なんて冗談も交えて労ってくれた。
きっと性格のいい子なんだろうなと気になりだした。
でもその頃は彼女には意中の彼がいて、今思えば、その後声を掛けるタイミングが少しでも早くても遅くても、藤村千草とはきっとこんな仲に進展できなかった。
もっと早くに声をかけていたら当時彼氏持ちだった彼女にやんわりあしらわれていたはずだし、もっと遅かったら親しくなったり飲みに行くきっかけもつかめないまま彼女は転職してしまっていただろう。
なかなか声を掛けらずにただ見ているだけの時間は長かったけれど、たまたま声を掛けたときに彼女がフリーになったばかりだったというのは、まさに僥倖としかいいようがない。
千草はあまり話したがらないけれど、どうも前に付き合っていた男があまりよろしくない性質の男だったようで、彼女は「私も悪いところがあったから」なんて言って全然恨み言を言わないけれど、でもたぶん結構傷つけられたんだろうなということが、ときどき酔ってぽろりとこぼす彼女の本音からうかがえた。
だから最初はたまにビルで見かける千草の元カレのことが、彼女の分まで憎く思えた。
でも今は元カレ野郎にいっそ頭を地面にこすりつけてお礼を言いたいくらいだ。彼女をフリーにしてくれてありがとうございます、と。