恋する七夕 ~ピンクの短冊に愛を込めて~
「ドレスコードか。俺もジャケットにシャツ着て、来週はもうちょっと気を張った恰好してきますね。……藤村さんにちょっとはいいところ見せたいし」
そう囁くようにいうと、千草はかあっと顔を赤らめる。
(いいなぁ、この反応)
ちょっとは『男』として彼女に期待されているのだとしたら、どうにか応えたい。張り切りたい。
来週はファッションにこなれている友人に見立ててもらった、デート用に購入した爽やかな麻のジャケットを羽織ってくる予定だ。
「いい年の男なんだから、おまえ小物で手を抜くなよ」と厳しく言われていたから、コンバースとナイキで埋め尽くされていた靴箱には、既に新しい革靴も投入してある。ほどよくドレッシーなストレートチップ。通勤用とは違った光沢のあるキャメルが垢抜けた印象だ。
以前資産家の祖父から「生前分与だ」といって譲ってもらった、自分が身に着けるにはあまりに高価すぎて、文字通り箪笥の肥やしになっていたヴァシュロン・コンスタンタンのリッチな腕時計も、折角だからちゃんと磨いておこう。そういう小粋なアイテムも、非日常を演出するには必要だ。
(あとはちゃんとハンカチを用意して、忘れずにアイロンをかけておこう。いざというとき差し出したハンカチがクシャクシャじゃ恰好悪いしな)
アイロンも台も引っ越し以来どこにしまったのか記憶にないけれど、今日帰ったら早速探しておこう。同僚のメグも言っていたけれど、意外と女の子は細かいところまで見ていて、神経質に見えない程度に清潔感をアピール出来れば好印象なんだそうだ。
(予約も入れて、電車の時間も調べて……ああ、あとうっかり週末に出勤するハメにならないように仕事もきっちりやって先手打とう……来週は張り切らないとな)
考えるだけで、不思議と体にやる気も意欲も漲ってくる。浮かれている。完全に今自分は浮かれきっている。
(そうだ、好きな人と会う約束っていうのはこんなにも心躍るものなんだ……)