恋する七夕 ~ピンクの短冊に愛を込めて~
(…………あ。……ありがとうございますくらい、言わなきゃ)
閉じていく扉を見て思ったけど、もう遅かった。
何度も挨拶はしたことがあるけれど、彼にこうやって声を掛けられたのが初めてで、驚きすぎて声が出てこなかった。それどころか会釈すらまともに返すことが出来なかった。せっかく気遣ってもらったのに。せっかく声を掛けてくれたのに。
(でも今まで挨拶しか交わしたことがなかったのに、なんで急に声を掛けてくれる気になったんだろう)
「………思わず心配になって声掛けちゃうくらい、疲れた人オーラ出てたのかな…………?」
そう思うとすごく恥ずかしくなってきて、もしかして今朝メイクのノリが悪かった肌の荒れ具合が、他人の目からも一目瞭然だったのかもしれないと思って心配になってきた。
「やだ………そろそろコンシーラーで隠さなきゃダメな年齢になったかな」
隠してきたつもりだった目元のクマを気にしながら、やっぱり美容液とファンデだけはケチっちゃだめだよなと反省して廊下の先にある『伊佐木法律事務所』に向かって歩いて行く。
名前も知らない彼に励まされたことがちょっぴりうれしくて気持ちが浮上しかけたのに、オフィスのドアの前に立った途端、中から聞こえてきたたのしげな笑い声に一瞬で私の足も心も重くなった。
「………しっかりして。いいオトナなんだから、割り切らなきゃ」
ほんとは逃げたい。でも自分で自分を叱りつけると、私は思い切って職場の扉を開けた。