恋する七夕 ~ピンクの短冊に愛を込めて~
たぶん彼も私がいつも朝のエレベーターで乗り合わせる相手だと気付いたはずだ。だから私の方から軽く頭を下げて目礼した。けれど今日の彼はさわやかに挨拶を返すでもなく、ただただびっくりしたように目を見開いている。
この反応にどうすればいいのか戸惑っていると、彼の横に並んでいた女の子がいきなり乱暴に彼の脇腹を肘で一突きした。
「ねえ。私はちょっとそこのコンビニでコーヒー買ってから行くから、先行ってて」
それだけ言い残すと、彼女は私を見て意味ありげに笑って会釈した後、小走りに去って行ってしまう。
後に残されてしまった彼と私はぎこちなく視線を合わせて、どちらからともなく会釈をする。私がとりあえず「おはようございます」と言おうとすると、それよりも先に彼が早口で言ってきた。
「あ、……………あのっ。もしよかったら、短冊、書きませんか」
言われてから彼が肩に担いでいたのが棒ではなく笹の枝だということに気付いた。この時期フラワーショップやホームセンターで見かけるもので、室内で七夕飾りをするのに丁度いい大きさに切り出されている。私がそれをじっと見ていると、彼は顔色を変えてあたふたと喋り始めた。
「えっと、急にすみません、びっくりしますよね。決してアヤシイ勧誘とかじゃなくて………というかあの、分かりますか?俺、エムズコーポレーションの越川ですっ」
まるで不審者じゃないと弁解するように、彼は首からぶら下げたIDカードを私に向けて焦ったように言ってくる。
「いや、いきなり名乗られてもわかりませんよね。俺、同じマルキビルで働いてる者なんですが……」
顔を赤らめて自分のことを必死に説明しようとする彼の姿が微笑ましすぎて、苦笑しそうになってしまう。すると彼はすこしきまり悪げに照れ笑いを浮かべる。大きな体に似合わず、なんとも可愛らしい表情だ。
その顔を見ているうちに、見たままの人だったんだ、と思ってなんだか心が擽ったくなる。