【短編】龍くんと南ちゃん
目をつぶってても恥ずかしいのに、バッチリ顔が見えるこの位置は……目の毒。鼻血出そうだよ。
「南ちゃん顔赤い…」
「近距離だし。は、恥ずかしくて……」
「え~?俺ら夫婦だろ?」
そのままぎゅーっと抱き締められる。
Tシャツから香る柔軟剤の匂い。
「南が具合悪いんじゃないか、病気なんじゃないかって思うだけで俺…心配でしょうがないよ」
頭の上から聞こえる溜め息。
龍くんは今も前と変わらず愛してくれる。
「ありがとう。大丈夫、他は元気だよ」
ポンポンと龍くんの背中を叩くと、やっと顔を上げてくれた。
「ほんとに?」
「うん。ほら、早く食べないと遅れちゃうよ」
「おかしいとこあったらちゃんと見てもらってね」
「うん」
朝食を済ませ、練習に向かう龍くんを玄関でお見送りする。
今日は珍しく私から龍くんの首に腕を回して行ってらっしゃいのキスをした。
「じゃ頑張って」
それでも少し心配そうに、何度も振り返りながら出掛けて行った龍くんを見届ける。
「よしっ……と。今日も頑張るぞ」
その後、掃除に洗濯、買い物を済ませる。
結婚して前のマンションより広い所に越した。
毎日龍くんが持ち帰る練習着等の大量の洗濯物は夜勤入ると山盛りになっちゃう。
それに買い物も、食料品だけでカゴが三つ四つは当たり前。
どれもこれも独身の頃より大変になったし、仕事との両立もキツいな~って思うこともあるけど。
それでも龍くんが『ありがとう』って言ってくれるだけで、頑張れちゃうの。
「あ、もう五時!?」
夜勤交替の時間が迫る。
今晩と明日の朝、龍くんが食べるご飯の準備を済ませる。
ちゃんと用意して置かないと、龍くんインスタントで済ませちゃうから。
家庭を持ったのにそんなことさせたら龍くんが笑われちゃう。