ストーカー
マムシの行動
 電車のドアが開く。するとマムシは人の雪崩に一体化して、外に出ようとする。
 私もそれを逃さず追跡していく。マムシは迷う素振りもなく、まっすぐ歩いていく。どうやら、明確な目的地があるらしい。
 
 駅を抜けたマムシは、人とビルの賑わう大通りではなく、裏路地から裏路地へと歩いていく。分かれ道があろうと、地図でも持っているようにまっすぐ進む。
 私はその行動にちょっとした不安を覚える。ひょっとして、ストーカーしていることがばれて、まこうとしてる?今まで警察に通報されたことはないが、ばれたのならば、早々に切り上げた方がいい。
 それとも、他に理由があるのだろうか?例えば、人込みが嫌いとか。

 しかし、いくら考えても結論は出ないだろうと思う。
 そもそも、人間をいくら観察しても結論など出ないし、人の心など知れない。それは私の中の結論であり、この世の真理だと思う。


 しばらく歩いていると、マムシは不良に絡まれた。
 いや、不良なのだろうか?なぜこんな裏路地にいる?まるで待ち伏せしていたようだ。
 それに、男の様子もおかしい。なんというか、鬼気迫っている。汗も顔からぽたぽたと落ちるし、目は虚ろで、生気がない癖に、何かにすごく渇望している。そんなかんじだ。
 男は、透明で小さな空の袋を取り出し、それをマムシの目の前に突き出し、何かを必死で訴えている。マムシの後頭部からは当然ながら、何も表情は読み取れない。しかし、微動だにせず黙って男の話を聞いているようだ。
 やがて男はマムシの肩を掴むと、両手で強く揺さぶった。それに対し、マムシは冷淡にも男の胸をどんっと押し、男を突き放した。そして、確かに聞こえたわけではないが、こう聞こえた。

「君、もう要らない。」

 マムシはリュックから、ある物を取り出した。可愛いリュックからはまるで想像もできない、無骨な長柄のハンマーだ。
 男はというと、地面に頭をこすりつけて、何かを懇願している。マムシは、それが当然の行動であるかのように、ハンマーを男の頭めがけて振り下ろした。


 私は思わず、顔をそらした。しかし、視覚はごまかせたが、聴覚はごまかせなかった。
 生物の大事な何かがぐしゃりと潰れ、破壊される嫌な音。頭の先からつま先まで、悪寒と恐怖が電流の如く駆け巡る。
 しかし、同時に胴体の辺りがしびれるような感覚を覚えた。
 食欲、睡眠欲、性欲、そのどれらにも当てはまらない。私特有の人間観察欲から来るものなのだろう。

 もっと、マムシを観察したい。

 それは、異常なものに寄せられる、興味関心なのだろう。電車内でも薄々感じていたが、マムシは他人と何か違う。それがかなり有害で、忌避すべきものであると、知った。
 だkらこそ、私は観察したい。見ていて興味深いものに引き寄せられるのは普通なこと。マムシはまさに、「興味深い観察対象」だ。胸を高鳴らせながら、マムシを見ると、裏路地を進んでいく。私も何事もなかったかのように、ストーキングを再開した。

 
 裏路地を歩いている内に、急に眩しい光が目に入り込み、思わずつむってしまう。うっすら目を開けると、そこは人々の行き交う大通りだった。
 マムシはキョロキョロと辺りを見た後、一点を見つめる。そして、突然走り出した。
 何事?マムシの視線の方を見ると、それはビルの屋上だった。そこには、ぽつんと人影が一つある。
 マムシの足は結構速く、追いかけるには相当の体力が必要だった。私はなりふり構わず追いかけているが、マムシは気づく様子がない。

 ふと、マムシの足がビルの真ん前で止まった。
 そkには、人だかりができていた。
 そこには、飛び降り自殺の死体があった。

 マムシは再び裏路地へと急いだ。
 この死体は、知り合いだったのだろうか?
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