Focus
席を立たずに話しはじめた伊部さんのために、聞き耳をたてないように、そしてあなたの電話には興味ありませんというポーズをつくる。俺の場合、それは小鉢のミミガーを味わうことで実現されていた。
「えっ、なに、何処にいるかなんて、なんで知りたがるんですか」
言葉に狼狽が混じり、視線が礼治さんを捕らえる。
すぐさま携帯の下部を押さえ、礼治さんにお伺いをかける。
「モデルとスタイリストさんが合流したいって。いいでしょうか」
ぴくりと礼治さんの眉が揺れた。
「こんなオジサンと飲んで楽しいかねえ。まあ依頼主を無下に断れないでしょう。御足労ですが来ていただいて」
明らかにほっとした伊部さんが、通話を再開する。簡単に場所と名前を告げ、会話を終了した。
「すみません、本当。明日から撮影する子は礼治さんのファンで、わざわざ礼治さんを指名してきたくらいですから悪い子じゃないんです。ただいまどきの若い子ですから失礼もあるかもしれません」
ピタッとテーブルに両手をついて、伊部さんが礼治さんを伺う。
「そんなに気にしなくていいよ、伊部ちゃん。どうせ明日からは一緒に行動するから慣れといて構わない」