いい加減な恋のススメ
痛い、と頭に手をやると彼はそんな表情のまま言った。
「見てた」
「え、」
「見てたよ。そんで一目で気付いた」
「……」
何に、と問おうと思ったら彼はわざとらしく「おっとぉ、もう時間だー」と自分の腕時計に目をやった。
まだその疑問が解けていない私は慌てたがそんな私を見て余裕たっぷりに彼は微笑んだ。
今までで1番優しい笑い方だった。
「じゃ、お願いしますよ。安藤せんせー」
自分に向けられたことのないその笑顔に驚いて私は赤い顔でパクパクと口を動かした。
その顔、目の前で見るとこんなにも威力があるのか。私は「狡いな」と思いつつ教卓の前へと戻った。
大丈夫、今までやって来たことを信じるんだ。それに凄く嫌な人だったけど、それでも彼に恥をかかせたくないって思った。
それに、こんなに近くで見ていてくれるなんて、今までで初めてだから。
しっかりしなきゃ。
「で、では、授業を始めます。お願いします」
そう言うと学級委員である生徒が「起立、礼」と呼び掛ける。私はその時初めて教師と言う立場に立てたと思った。
彼がいつも見ていた景色を今私も見ている。