溺愛モラトリアム 【SPシリーズ新城編】
「ひどいです!私、初めてだったのに……」
うっかり口が滑ってしまった。
学生の頃から女子にはモテたけど男子には敬遠され、産まれてこのかた恋愛に縁のなかった私。
もちろん、異性と唇を合わせたことなんてない。
「えっ」
「お先に失礼します!」
怒鳴るように言うと、さすがの新城さんも目を丸くした。
きっと、25にもなってキスすらしたことがないなんて、気持ち悪いやつとか思ってるんだ。
彼の視線に耐えられなくて、逃げるようにその場を立ち去る。
「待て!」
待てるか!
セクハラだ。絶対に訴えてやる。
私は新城さんに追いつかれないうちに、タクシーを拾って乗り込んだ。
じんじんと、新城さんを打った右手が痛む。
同じように、まるで胸の中も腫れてしまったように、ずきずきと痛んだ。
目頭が熱い。
こんなの嘘だ。絶対、泣かない。あんなやつのために、泣いてやるものか!
きっとにらみつけたバックミラーに、自分の顔が写る。
そこには、まるでお猿さんのように顔を赤くした、涙目のみっともない女の姿が。
これが私?冗談じゃない。
こんなの、私じゃない。
いつも凛として、前を向いていたいのに。
もう嫌だ。
どうして?
どうして、新城さんの行動だけは、予測できないの?
私は、現場に戻るタクシーの中で、ずっと頭を抱えていた。
気持ちを落ち着けるのがやっとで、汗で崩れかけた化粧を直すことも忘れていた。