溺愛モラトリアム 【SPシリーズ新城編】


「ひどいです!私、初めてだったのに……」


うっかり口が滑ってしまった。

学生の頃から女子にはモテたけど男子には敬遠され、産まれてこのかた恋愛に縁のなかった私。

もちろん、異性と唇を合わせたことなんてない。


「えっ」

「お先に失礼します!」


怒鳴るように言うと、さすがの新城さんも目を丸くした。

きっと、25にもなってキスすらしたことがないなんて、気持ち悪いやつとか思ってるんだ。

彼の視線に耐えられなくて、逃げるようにその場を立ち去る。


「待て!」


待てるか!

セクハラだ。絶対に訴えてやる。

私は新城さんに追いつかれないうちに、タクシーを拾って乗り込んだ。

じんじんと、新城さんを打った右手が痛む。

同じように、まるで胸の中も腫れてしまったように、ずきずきと痛んだ。


目頭が熱い。

こんなの嘘だ。絶対、泣かない。あんなやつのために、泣いてやるものか!


きっとにらみつけたバックミラーに、自分の顔が写る。

そこには、まるでお猿さんのように顔を赤くした、涙目のみっともない女の姿が。


これが私?冗談じゃない。

こんなの、私じゃない。

いつも凛として、前を向いていたいのに。


もう嫌だ。

どうして?

どうして、新城さんの行動だけは、予測できないの?


私は、現場に戻るタクシーの中で、ずっと頭を抱えていた。

気持ちを落ち着けるのがやっとで、汗で崩れかけた化粧を直すことも忘れていた。



< 47 / 279 >

この作品をシェア

pagetop