溺愛モラトリアム 【SPシリーズ新城編】
翌日、私はすぐに出勤できるよう、警護用のスーツで家を出た。
「ただいま」
自宅までは、地下鉄を使って30分ほど。
8時を過ぎたばかりなのに、玄関を開けると出かける用意をしたのであろうよそ行きの母と鉢合わせた。
「あら、紫苑!どうしたの?あ、もしかしてSP辞めてきたの!?」
今年50歳になる母は、とてもそうは見えない若々しい見た目をしている。
今日は長い髪を涼しげに結い、膝丈のスカートとハイヒールを履いていた。
つけまつげを付けた目が、期待を込めて私を見つめる。
「なんでそうなるの」
「だって、ここ3年お盆とお正月とGWしか帰ってきてくれないじゃない。SPが辛いから辞めて帰ってきたのかと思った」
「まさか」
実際に警護についたのは昨日が初めてだし、ちょっと困った先輩はいるけど、まだ辞めようとまでは思ってない。
「なんだ。じゃあ、どうして戻ってきたの?」
「ちょっと、寄ってみようかと思って」
「それなら昨日のうちに言っておいてくれれば、お友達とモーニングに行く用事なんか入れなかったのに」
はあ、朝から喫茶店でおしゃべりですか。元気でなにより。
「じゃあ、ゆっくりしていってね。あと、SPなんて物騒な職業は早いうちに辞めて、花嫁修業しなさいよ~!」
母はそう言い残し、家を出ていった。