溺愛モラトリアム 【SPシリーズ新城編】
「あっ、もうこんな時間」
午後から出勤だから、もうここを出てどこかで昼食を取らなきゃ。
夢中で捜索をしていたから、時間を忘れていた。
けれど、この大惨事になってしまった部屋……このままにしていったら、母が発狂しそう。
床に散乱した思い出の品たちを見て途方に暮れていると……。
「誰かいるの?母さん?」
と声がかかってドアが開いた。
「うわ、葵」
そこから顔をのぞかせたのは、まだ寝間着姿の私の弟、葵だった。
「はっ……姉さん!おかえりぃぃぃぃ!」
葵は私の姿を認めるなり、両手を広げて駆けてくる。
「はい、ただいまー」
私はその両手を、がしりとつかんだ。
「なんだよう……せっかくの姉弟の感動の再会じゃないか」
「うるさい。もう24にもなるくせに、姉に会うたび抱きつくなっ」
相手もなんとか力で押そうとしてきたけど、私はその両手を横へはらった。
大学院生の葵は、茶色の短髪で、ひょろりと痩せた体をしている。
昔から甘えん坊で、私のあとをついて回っている、鬱陶しい弟だ。
葵はなんと、中学も高校も私の後を追いかけてきて、行きも帰りもまとわりついてきたのだ。
少しでもまこうとすれば、何度もしつこくメールや電話がかかってくる。
身内でなければ、ストーカー規制法で逮捕してやるところだ。
家を出た理由には、こいつの異常な愛情から逃れたかったということも、大いにある。