溺愛モラトリアム 【SPシリーズ新城編】


「あっ、もうこんな時間」


午後から出勤だから、もうここを出てどこかで昼食を取らなきゃ。

夢中で捜索をしていたから、時間を忘れていた。

けれど、この大惨事になってしまった部屋……このままにしていったら、母が発狂しそう。

床に散乱した思い出の品たちを見て途方に暮れていると……。


「誰かいるの?母さん?」


と声がかかってドアが開いた。


「うわ、葵」


そこから顔をのぞかせたのは、まだ寝間着姿の私の弟、葵だった。


「はっ……姉さん!おかえりぃぃぃぃ!」


葵は私の姿を認めるなり、両手を広げて駆けてくる。


「はい、ただいまー」


私はその両手を、がしりとつかんだ。


「なんだよう……せっかくの姉弟の感動の再会じゃないか」

「うるさい。もう24にもなるくせに、姉に会うたび抱きつくなっ」


相手もなんとか力で押そうとしてきたけど、私はその両手を横へはらった。

大学院生の葵は、茶色の短髪で、ひょろりと痩せた体をしている。

昔から甘えん坊で、私のあとをついて回っている、鬱陶しい弟だ。

葵はなんと、中学も高校も私の後を追いかけてきて、行きも帰りもまとわりついてきたのだ。

少しでもまこうとすれば、何度もしつこくメールや電話がかかってくる。

身内でなければ、ストーカー規制法で逮捕してやるところだ。

家を出た理由には、こいつの異常な愛情から逃れたかったということも、大いにある。


< 52 / 279 >

この作品をシェア

pagetop