溺愛モラトリアム 【SPシリーズ新城編】
考え込んでしまうと、葵が怪訝そうな顔でこちらをのぞきこむ。
「ごめん。本当にもう行かなくちゃ。母たちにはまた来るよって伝えて」
「あっ、ちょ、姉さん……」
引き留めようとする葵の手から逃れ、バッグをつかんだ私は走って家を出た。
地下鉄に乗り込み一息ついても、頭には雲がかかったまま。
大人になって幼児の頃のことが思い出せないのは、普通のことなのかな。
個人差があるだろうから、時と共に忘れてしまったのだとしよう。
でも、どうして記憶と一緒に写真までないの?
それがあれば、忘れてただけなんだと納得して、スッキリできるのに。
私はスマホを取り出し、葵に『私と葵の赤ちゃんの頃の写真が出てきたら連絡して』と、メールした。
きっと、母が別のところにしまったんだ。そのうち、出てくるだろう。
そう自分を納得させようとしているのに、なぜか胸がモヤモヤとして落ち着かなかった。