【完】R・U・I〜キミに、ひと雫を〜
「ボクはね、もう食べても美味しいと思えないかもしれない。でも、覚えてる。紅茶が美味しい事を。リカコとアカリのご両親の作ったおかずが、エミリとナルが作ったカレーがどんな料理よりも美味しい事もね。他の事だってそうだよ」


何故ルイは幸福そうなのだろう。少しでも長く生きる為に、大切な何かを多く失って尚、笑っていられるのだろう。


「ボクにはもう、熱を感知する機能は無い。けどね、ちゃんと覚えてる。リカコが怒ると、悲しむと、喜ぶと、すぐ体温を上げる事を」


ルイはもう熱を感じない。だけど、初めて里佳子に触れた時の事を思い出して、幸せそうに微笑む。


「ボクにはもう、一定の音しか感じる事は出来ない。残念ながら、キミ達の声も同じ音にしか聞こえない。けどね、ちゃんと覚えてる。アカリは一定音の低音なのに、誰よりも優しく円やかに話す事を」


ルイはもう、音の違いを感じない。だけど、燭がいつだって人を守るように話す優しい声だという事を思い出し、幸せそうに微笑む。


「ボクにはもう、遠い場所をシュミレートしながら進める程の視野は無い。けどね、ちゃんと覚えてる。ナルを助けた時の達成感を。守りたい存在を。ナルが、泣きながら微笑んでくれた事を」


ルイはもう、超人めいた視野を持っていない。だけど、成を救い出せた喜びを、大切な人を自らの手で守れた事を思い出し、幸せそうに微笑む。


苦しい事も、残酷な真実も、先が見えぬ未来すら、ルイにとっては幸福でしかない。


それこそ、ルイが命を削って選んだ軌道であると同時に、ルイが生きる為に手に入れた記憶と感情の全てだから。
< 323 / 369 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop