発展途上

朝起きて、顔を洗って、歯を磨く。


皆が当たり前にやっている朝の一連の動作をやり終えた炉紅は寝間着を脱いで何時もの様にスーツに着替える。


｢チッ……今日は曇りか…｣

窓から見える景色に憂鬱な気持ちがさらに増す。


｢炉紅、舌打ちしても天気は変わりませんよ。早く車に｣

炉紅の横から声をかけたのは炉紅の側近を務める、海前 仁葵（かいぜん にあ）という男。


今日は会合の為、珍しく朝から起きていた……否、起こされた炉紅はいつも以上に不機嫌だ。


｢…ハァ……何故朝から行かにゃならんのだ｣

と、溜息を吐く姿は美しく、男なのに色気が漂う。


｢無駄口叩いてる暇は無いですよ。ヤクザといえども時間には厳しく。組長ももうお支度を終えてお待ちです｣


仁葵はまるで炉紅のケツを叩くかの様に急かす。


｢チッ…わかってるつーの｣

ボソッと不満を漏らし、車に乗り込んだ。







｢お疲れ様でした｣

と、言って車のドアを開けたのは、ドライバー歴20年以上のベテラン荒木（あらき）。

荒木は組お抱えの専属運転手で、荒木の運転する車は乗り心地が一番いい。



「時間にはまだあるな…少し歩く」

そう言って長時間のドライブで動けなかった体を少しでも動かしたくなった炉紅は、荒木に礼を言ってから歩き出した。


「ちょ、若？！」

仁葵は炉紅の背に声を掛けたが、炉紅は片手を上げて歩いていってしまった。



ぶらぶらと宛もなく歩いていると




｢きゃぁっ………｣



人にぶつかってしまった。




｢すんまへん…｣

ぶつかった相手が炉紅の顔を見た。



｢……いや…｣


相手の顔をみて、言葉を発すると固まってしまった。

なんと、美しいのだろうか……と。



｢……どないしました？｣

首を傾げて顔を見つめる相手に反応できないでいる。


怪訝な顔を向けたくるが、更に固まるばかり。



｢…あの…うち、急いどるんどすけど……｣

そう言われ、ハッとした炉紅は何とか言葉を紡いだ。

｢…あ、あぁ……悪かった｣


それだけ言って相手の顔を見つめた。


｢ほな、ほんまにすんまへんどした｣



相手はそうもう一度謝り、去っていった。





炉紅はその後ろ姿をずっと目で追い続けた。


その背中が見えなくなるまで。






そうこうしているうちに時間となり、炉紅も目的地まで急いだ。