【詩的小説短編集】=想い=
ないしょ
久し振りに高鳴る胸が隠しきれない。
毎日、カゴに入れられた商品の値段を機械に登録してその代償の金額を受け取る単調な作業。
それが私の仕事なのに、このところ毎日現れる常連客に心を揺さぶられているなんて認めたくない事実だ。
彼は客足の少い時間滞に来ては、店の商品である弁当とペットボトル1本をカゴに入れて持って来る。
コンビニとは違い、小規模スーパーであるこの店では値引きシールがあるものも並んでいる。
それが彼の目的らしい。
年の頃は30前後で背はあまり高い方ではなく、服もお世辞にもカッコいいとは言いがたい。
でも40を少し回った私の目には充分過ぎるほど輝いて見えたのだ。
「いらっしゃいませ」
そう決まり文句を言うと、必ず頭を下げる律義な客。
そしてなにより、毎回のように私がいるレジへと並ぶ。
毎日、家事と子育てに追われた自分だけの時間に入り込んだこの人をいつしか愛しく思っていた。
左手指に光るリングも、センスはどうであれきちんと洗濯したと思わせるシャツも気にはならない。
今日も来るのだろうか?
職場に入る度にそれを考える。
友達にもましてや夫になど言えるはずのない秘密。
普通の会話はないけれど、カゴの商品のチェックと支払いの時間だけは私のオアシスだ。
お釣を渡す時は、両手に包んで渡そう。そしてその軟らかい雰囲気に抱かれる女性に少しだけ嫉妬を覚えながら決まり文句を言おう。
「ありがとうございます。またのご利用をお待ちしております」
私のお辞儀にペコリと頭を下げる姿が愛しい。
次に待つ客の対応をしながら、彼が店外へと向う後ろ姿をチラチラと盗み見る。
いつか、会話ができる日を楽しみにしながら………
=fin=