奏―かなで―

亮平くんも揃って、リハーサルが始まった。

胸がざわつく。

綾瀬のギターも、心臓の脈打つ音に掻き消されて耳に届かない。

胸の中で、大量の蟻が一斉に蠢いているみたいだ。

心臓が、痒い。

「…詩花?」

ハッとして、我に返った。

綾瀬も亮平くんも、バンドメンバーもスタッフも。

皆みんな、あたしを見ていた。

「あ…」

「タイミング掴めなかった?」

綾瀬が困った顔をして笑った。

亮平くんは意味深な顔をしてあたしを見つめる。

バンドメンバーは様子を窺っていて。

スタッフは互いに顔を見合わせて。

「ごめんなさ……あたし…歌えな…」

蒸せ返る胃液の匂いに、あたしは口を覆った。

スタジオを出てトイレに駆け込む。

「ぅ…ゲホッ…カハッ…」

吐く物なんか何も無い。

泡しか出ないあたしはまるで人魚姫。

あなたを想えば想う程、想いは募る一方で。

これが許されない恋なのなら、
実らない想いなのなら。
あたしは消えて、泡になりましょう。

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