奏―かなで―

ぼやける視界に、慌てる彼の姿が映った。

「ごめん…、大丈夫…。」

そう言って涙を拭う。

「…俺の歌で、泣いてくれたの?」

窺うように、上目使いで訊いてきた。

「…うん。」

あたしの答えにパァッと顔を輝かせ、「サンキュ!」と言った。

「俺、綾瀬!」

「…詩花。」

「シカ?」

指で鹿の角を作り、あたしに問い掛けた。

あたしは立ち上がり、早足で去った。

「えっ!?ちょ、待っ…」

綾瀬には悪いけど、その冗談は嫌いなの。

昔からこの名前で馬鹿にされてきた。

あたしは自分の名前が嫌い。

「真っ赤なおっはっなっのぉ〜♪」

ピタリ、足が停まる。

くるり、振り返って

「それ、トナカイだけど。」

「あ゙っ…!」

しまった!という顔をした綾瀬と目が合う。

何だかおかしくて。

先程の怒りも何処かへ吹っ飛び、2人で笑い合った。

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