甘いペットは男と化す
 
「北島さん!」


あたしとケイの、止まってしまった時間を動かすように、別の声があたしの名前を呼んだ。
振り返ると、慌てて駆け寄ってくる矢代さんの姿が。


「ごめんっ。ちょっとトイレに寄ってて………あ…」


あたしの近くまで来ると、ようやく近くにケイがいることに気が付いた矢代さん。
一瞬にして、気まずい顔になっていた。


自分を振った女に、
振った原因となった男。

気まずくないわけない。


「……外出先から遅れてしまってすみません。
 それでは、打ち合わせ室にご案内いたしますので、どうぞこちらへ」

「あ、はい……」


だけど、ケイは何事もなかったかのように営業スマイルを作ると、エレベーターのボタンを押した。


すごい……。
いっきに仕事モードの顔になった。

さっきまでの意地悪な微笑や、怒った顔、複雑そうな顔はどこにも見られない。


「矢代さん。これ……」
「ありがとう!」


背を向けるケイの後ろで、そっと矢代さんに持ってきた資料を手渡した。

ケイは一瞬目をこっちへ向けたけど、気づかないふりをしてエレベーターへと乗り込む。


「では。失礼いたします」


そしてあたしも、二人に頭を下げながら、エレベーターが閉まるのを見送った。
 
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