甘いペットは男と化す
とりあえず、足早で帰ろう。
そう思い、一歩踏み出そうとしたときだった。
突然スッと現れた、真っ黒のダッフルコートを着た人。
頭の上に、真っ白い雪が舞い散ると思っていたら、その人が持っていた傘で雪が降り注ぐことはなくて……。
顔を上げると、
「おかえり。アカリ」
「ケイ……」
嬉しそうに微笑んだケイがいた。
「傘、朝もっていってなさそうだったから」
「それで迎えに?」
「うん。風邪もまだ治ってはないでしょ」
「そうだけど……」
それでも、今日あたしが、定時に帰る保障なんてなかった。
ケイが居候する前までは、2時間くらいの残業は当たり前だったから、もし風邪をひいていなかったら、ケイは雪の中、何時間も待ちぼうけをくらうことになっていたかもしれない。
「……携帯、持ってないと不便だね」
「ん?そう?」
あたしの考えていることは分からないみたいで、ケイは首をかしげるだけ。
昔の人なら当たり前だったのかもしれないけど、常に連絡をとれないことが、いかに不安定な状態なのかを知った。