甘いペットは男と化す
 
あたしがこのマンションに住み始めたのは、3か月くらい前から。

ちょうど前のマンションが、更新時期になったことから、心機一転としてここへ引っ越してきた。


もちろん、前のマンションの人がどんな人なのかは分からない。
3か月間住んでいて、特別隣人とのかかわりもないことから、このマンションは人付き合いを必要としない場所ということも分かった。
だからきっと、隣人に聞いても「知らない」と言われるだろう。



「……この前、さ……」

「ん?」



伏せていた顔を上げ、低い声でケイが言葉を発した。

小さい声は、聞き取るのが少し困難なほどで……。



「海で思い出しかけた記憶……」
「うん」

「あの時……」


顔を上げ、じっとあたしの顔を見つめた。


バチッと絡み合う視線。

その瞳の奥は、ゆらゆらと揺れていて、悲しみが潜んでいる。


泣いてないのに、泣いているように見えて
こっちまでもが悲しみに襲われていく。



「………ううん。やっぱりなんでもない」



そう言って、ケイは笑ってごまかした。
 
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