甘いペットは男と化す
 
その笑顔は、やっぱり痛々しくて……
思い出しかけた記憶に、何か関係しているのはすぐに分かった。


だけどまだ、あたしがその域に踏み込んではいけないみたいで
話してくれないと思うと、無性に悲しくなった。


「アカリ?」


やりきれない思いから、ケイから目を逸らして再びマグカップを口に運んだ。

だけどケイが、少しだけ顔を近づけて名前を呼んでくる。


「何?」
「怒ってる?」
「べつに」


怒ってなんかない。

ただ……
悲しいだけ。


「アカリ」
「あ……」


ケイはあたしからマグカップを取り上げると、再びテーブルの上に戻してしまった。

代わりにあるのは、目の前でじっと見つめる大きな二つの目。


「ちゃんと全部話せなくてごめんね。
 でも俺さ……」


まるで、あたしのほうがあやされているみたいで、いつもの上下関係が逆転している気分。

ケイはあたしの髪をすくうと、愛おしそうにその髪をなでる。



「記憶……。

 戻らなくてもいい、って思ってんだ」



それは、予想外の言葉だった。
 
< 90 / 347 >

この作品をシェア

pagetop