まどわせないで
「きーさーらーぎさーん!」

 如月に向かって大きく1歩踏み出したところで、テレビがついた。自然と視線もそちらへ引き寄せられる。
 部屋に響き渡る女の人の甘い声。テレビ画面には裸のふたりがくっつき、モザイクがかかっていて……。

「ぎゃー!」

 とんでもないものを目にし、絶叫した小麦は、お風呂場に隠れようとしてそちらへ走り出し、ガラス張りなことに気づいて足を止め、隠れる場所を探して前方後方左右を見渡す。
 御手洗い!
 唯一、テレビから逃げられる場所、御手洗いに猪突猛進、逃げ込んだ。
 バタン! 大きな音を立ててドアを閉め、そのドアに寄りかかる。胸に手を当てると物凄い勢いでドキドキしていた。
 落ち着きをなくした小麦は、走ったわけでもないのに息が乱れている。
 なんなのよ、あの如月ってひとは!
 女を女と認識してないからって、あんな堂々とAV見るなんてありえないんですけど。
 背中をドアに預けたまま、ずるずると座り込む。壁越しに、男女の声が入り交じったテレビの音が聞こえてくる。
 はー……なんかもう、疲れた。
 洋式トイレと向き合って、深くため息。
 初めてのラブホテル。
 これがもし、初めての、じゃなかったら、わたしはこんなにうろたえていなかっただろうか?
 あのとき、スムーズに初体験を済ませていたら、こんな場所に来るのも慣れっこになっていたのかな。
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