まどわせないで
 小麦はぼんやりと過去を思い出した。
 高校時代、付き合っていた男の子。
 その男の子の部屋で、ふたりでテレビを見ていてなんとなくそんな雰囲気になって……多少、エッチというものに興味を抱いていた思春期。
 いよいよそのときが、と胸をドキドキさせていたけれど、キスも、体を触られるのも、全然よくなくて、待ってっていっても全く聞いてくれなくて、挙げ句に、痛いっていってるのに無理矢理入れてこようとした。
 蹴り飛ばしたら、「不感症!」だと罵られ、結局そのまま別れることになったけど、散々だった初体験。涙も出なかった。
 もう少し、ゆっくり進めてくれたら。もう少し、わたしのことも考えてくれたら。自分のことばかりじゃなくて。
 そうしたら、結果は違ってたと思う。
 あれ以来、不感症っていわれた言葉が忘れられなくて、男のひととキスさえも出来なくなった。
 身長が高いわたしには、お付き合いしたいといってくれるひとも現れなくて、胸も小さいし、とっくの昔に恋愛なんて諦めてるけれど。
 あの初体験のとき、違う形で終えてたら……いまここにいるラブホテルも、初めてではなかったんだろうな。

 痛い過去を思い出している間に、部屋のなかが静かになっていた。
 もう出ていっても大丈夫かな?
 御手洗いのドアを開けて、そっと部屋のなかをうかがう。
 テレビに体を向けた陸が、ここではない何処かを見て考え事をしているようだった。
 そっと部屋へ入っていき、座る場所に困った小麦は陸から離れたダブルベッドの端に座る。そこからだと、斜め後ろから陸の広い背中が見えた。
 陸はおもむろにテレビを消し、部屋を沈黙が包む。
 なにか、しゃべったほうがいいのかな?
 でもさっき、如月さんは考え事をしているようだった。

「大麦、目を閉じろ」
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