まどわせないで
 触れられてもいないのに、背筋をぞくぞくしたものが走り、溶けていくような感じに襲われる。
 その音も、陸の濃厚な蜂蜜のような甘い声も、止まることなく耳から襲いかかる。
 息苦しさを感じて呼吸は乱れ、激しく心臓が打ち、体が熱くなっていく。
 もう聞いてられない……!
 身をよじって口を開けた小麦が空気を求める。のけ反って大きく息を吸い込むと、目を開けた先で、自らの手の甲に唇を付けた陸が、こちらを見ていた。

「ラーメン食べてるように聞こえたか」

 手の甲から唇を離した陸が問いかける。いま何かしゃべったら、声が震えて言葉にならない。小麦はただ、首を振った。
 自分のなかに沸き上がる、感じたことのない感情のやり場に困り、ベッドのシーツを握りしめる。
 陸は、昨日も手の甲に唇を当て、あの音を出していたに違いない。
 わたしがラーメンを食べてる音と勘違いしたのは、これだったのだ。
 でも、なんでそんなことを?
 このひとは何者?
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