まどわせないで
 小麦の動きを一部始終見ていた陸は、女の顔をするその表情に、不覚にもそそられた。
 引っ越し先の、ただの隣人に。
 陸は声優の仕事をしている。しかも、かなり売れっ子の声優だ。
 とあることがきっかけで、大人女性向けの仕事をすることになった。
 私生活以外で、口で表現するだけとはいえ、はじめての濡れ場を前に、家で練習をしていたのを盗み聞きされ、ラーメンを食べている音と勘違いされた陸は、プライドを傷つけられ腹を立てていた。
 普段女を抱くとき、音など気にしていては相手を気持ちよくさせることはできない。相手に集中して事に及ぶことが大事なのだ。
 キスの音、ディープキスは、体に口付けるときはどうかなど、音に集中していてはエッチなどできない。
 改めて、濡れ場……口で表現することをリップ音というのだが、見本もなくそれを上手く表現するのは難しかった。だからといって、他の声優がリップ音を出しているものを、聞く気にもならない。収録当日、事がスムーズに運ぶよう、事前に練習をしておく必要を感じた陸は、客観的に見られるAVを見ることを思いつく。家でひとりでAVを見ることも考えたが、抱く相手に困らない陸は、ひとり家でAVを見るのはごめんだと、その案は真っ先に排除した。
 そして付き合わせるのにちょうどいい相手を見つけた。
 夏野小麦。
 盗み聞きをしたことを脅し、ラブホテルに連れてきた。
 そして、音の研究をした陸は、実際その場で小麦を相手に実践したのだ。
 小麦は、居心地が悪そうにもぞもぞと体を動かしている。
 陸の、悪い虫が騒いだ。

「なんだ。その気になったのか?」
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