まどわせないで
「そうプリプリすんなよ。なかなかうまい」

 つっけんどんな陸の、精一杯の褒め言葉な気がして、口元が緩む。少し嬉しくなった。だから、ご飯を食べるのも許してあげる。
 向き合って、黙々と夕飯を食べるふたり。食器を置く音や、箸が器に当たる高い音だけが部屋に響いた。

「如月さんって、声優さんなの?」

「……ああ」

 沈黙。
 あれだけひとを魅了する声の持ち主なのだ。声の仕事をやっているのも頷ける。

「もしかして有名な声優さん? だから、初対面のとき、顔がばれないように変装してたの?」

 味噌汁を飲んだ陸が、なにか思惑があるような視線でじっと小麦を見た。

「……最初の質問はイエス。ふたつめはノー」

 つまり、人気声優だけど、変装してたわけじゃないってこと?

「お前に顔をばれたくなかったら、ずっとマスクもサングラスもしたままだろ。ハウスダストのアレルギーなんだよ。引っ越したばかりで目のかゆみやくしゃみが止まらなくなるのを避けたかった」

「はぁ……」

 引っ越してきた日のあの姿は、ハウスダストに対して完全武装してたってことなのね。アレルギーだなんて、意外とデリケートなところがあるんだ。俺様な如月さんにも、弱点があるんだと思うと、ちょっと可愛かった。

「次は俺の番だ」

「え? なにが?」

 口に箸をくわえたまま、小麦は動きを止める。
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