まどわせないで
 これだよ。
 気が緩んだとたん、これだ。
 バージンだとか男経験とか、そんなに気になるもの?
 恋人や特別な関係とかならともかく、出会って数回しか会ってない間柄なのに。
 バージンは面倒だっていったひとが、どうして気にするの?
 絶対、いうものか。
 小麦は口元を引き締めた。

「答えないのか? それとも……答えられないのか」

 自分が導きだした答えに満足げに笑う。
 苛立ち紛れにカミングアウトさせようったってそうはいかないんだから。

「まぁいい。保留にしといてやる」

 答えそうにない小麦に、ここは退くことにしたらしい。箸を置いて立ち上がった。

「ごちそうさん」

 コンポからヘッドホンを抜いて玄関に向かう陸を、忘れ物に気づいた小麦が追いかけた。

「CD忘れてます」

 靴を履いた陸が顔をあげた。

「やる。サンプルCDだし、自分の喘いでる声なんて聞いても面白くない」

 あんな過激なもの、うちに置いとけってこと!?
 内容を思いだし、心が騒いだ。

「寂しいとき使えよ」

 つ、使う? なにに!?
 そのうろたえっぷりに、陸が目を細めた。

「やっぱりお前、バージンだろ」

「違いますっ」

「まぁいい。じゃまた明日食べに来る」

「あ、はい。おやすみなさい」

 パタン。
 ドアが閉まって部屋が静かになってから、最後に交わした会話に首をかしげた。

「ん……?」

 明日食べに来る。
 夕飯を!?
 またうちに来る!?
 うそ。
 小麦は陸の言葉を真に受けなかったが、翌日から毎日、夕飯を食べに陸がふらりと訪れるようになる。
 夕飯の時間を聞いたひとつ目の質問も、ちゃんと理由があったってことなのね……。
 それなら、ふたつ目の質問「男経験の数」を聞く理由はなんなのだろう?
 聞きたいけれど、聞くためにはわたしも答えなければいけないわけで、そう簡単に知ることはできなそうだった。
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