まどわせないで
 翌日の夕方。
 天王洲アイルの駅を出た小麦は、地上に出る階段下の、人通りを避けた壁のところに立っていた。陸を待ちながら、そこからも確認できる大きなホテルを眺める。
 夕方になり、ライトアップされた外観は都会の有名なホテルらしい、上品な華々しさが感じられる。
 海が間近なので、風に乗って潮の香りがここまで漂ってくる。

 ホテルで食事なんて、友達の結婚式以来だ。
 誕生日を祝うために、有名ホテルの会場借りるとか一般人には考えられない話しだ。この前やった、うちの会社の社長の誕生日パーティーは、居酒屋だった。
 同じ社長なのに、この差。
 居酒屋でも、ありがとうな! って喜んでくれてたし、場所がどこであれ、相手が喜んでくれるのが一番だ。
 時計を見ると、6時過ぎ。待ち合わせ時間は6時半だから少し早く着いてしまった。
 如月さんも早く着くかもしれないから、動かずにこのまま待っていよう。

 あらためて自分の格好を見る。
 白のカーディガンを羽織った下には、モカブラウンのAラインのワンピース。腰にワンポイントのコサージュが付いていて、膝丈で、歩く度に、ふんわりと裾が揺れるお気に入りのやつだ。胸元のパールのネックレスと相性がいいはず。そして、久しぶりに履くパンプスは、黒でシンプルなもの。
 それでも、なんだろう。いつもローファーだからかな、女として武装しているような気分になった。
 女レベルが上がった気がする。普段はお洒落しないのに、ちょっと自信がついたというか。
 悔しいけれど、如月さんのいう通りパンプスを履いてきてよかった。

「ねぇ」
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