まどわせないで
「お前、なにやってんの?」

 額に触れたままの唇。陸が話しをする度に、微妙な振動を感じてくすぐったい。片腕で抱く陸の背中に腕を回したい衝動に駆られ、そうしないように彼の胸に当てていた手を、自分の体の横に下ろして握りしめた。

「なにって、如月さんを待ってただけです」

 この体勢に気をとられてしまわないよう、必死になって話しに集中した。

「なに声かけられてんだよ」

 苛立ちの感じられる声。それでも離れる気はないのか、唇が動く度、額がくすぐられる。

「は、話しかけられるようにしたわけじゃないです。あのひとが勝手に話しかけてきたんです」

「ナンパされて舞い上がってたのか? ああいう男が口に乗せる甘い言葉に、喜んでたのか?」

 いわれたことにのなかに、少しだけ事実をいいあてられ、反射的に陸の腕から離れる。

「優しくされて、気持ちよくなって、ベッドの上でも気持ちよくさせてもらうつもりだったのか?」

 攻撃的な陸の言葉を、これ以上黙って聞いていれなかった。

「違います! 抵抗だってちゃんとしてました。女性として扱われたの久しぶりだったから、ほんのちょっと嬉しかったのは……認めるけど」

「女性として扱われれば、相手がどんなやつでもいいのか?」

「それは、その……」

「小麦」

 初めて下の名前で呼ばれて、ドキっとした。
 まるで、大事なものであるかのようにゆっくりと呼ばれて、まるで魔法をかけられたように、陸から目が離せなくなる。
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