まどわせないで
 相手の男が笑顔のしたに、どんな感情を隠しているのかわかっている。それなのに、小麦は嬉しそうなそぶりを見せ、明らかに油断していた。

 現実はそんな優しいものじゃない。
 夢は必ず終わる。

 夢見心地な気分でいられるのは一瞬。その一瞬のために、犠牲にするものはあまりにも大きい。身も心も傷つけられたあとに待っているのは、厳しい現実。
 そこには愛などという感情はなく、ただの欲望があるのみ。
 いつだって得をするのは誘いをかけたほう。損をするのは身をゆだねたほう。
 それを小麦にわからせてやりたかった。
 ただ、少しやり過ぎたかもしれない……。
 反省の気持ちがでてきたところで、反抗的な瞳で見上げてくる小麦を見て思い直した。
 いや、これだけの怒りを抱かせるこいつがいけない。
 小麦は、俺が見つけたオモチャ。
 他の誰の手に渡してなるものか。
 そう、飽きるまでは。
 いじわるでけっこう。
 怒りの収まらない陸は、小麦を追いたてるつもりで、体が触れあうギリギリまで近づいた。
 約束通り、高さのあるパンプスを履いてきた小麦はその分、いつもより顔が近かった。化粧をした華やかな表情が、陸の醸し出す威圧感に不安げに揺れる。

「言われた通り着飾ってきたな。でも、お前には足りないものがある」

「足りない? 何が!?」

 問い返す小麦も不機嫌そうで、声が刺々しい。

「そうだな……色気」
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