まどわせないで
 その視線に絡めとられたように身動きが取れず、見つめ返してあれやこれや考えていると、陸がこちらに向かって歩を進めた。小麦も彼に引き寄せられるように足を進めようとしたところで、陸が足を止める。誰かに呼び止められたのか顔をあげ視線を泳がせている。声の主を探しているようだ。すると、横から長い髪を揺らして大きなひとが飛び付いた。陸は腰を抱いて受け止め、顔を見て相手を確認すると笑みを浮かべている。どうやら知っているひとのようだ。互の体を僅かに離し、あまり見せない親しげな様子で話しをしていた。
 如月さん、あんな風に笑ったりするんだ。
 難しい顔や意地悪な笑みを見慣れているせいか、自然に笑うのが意外でもあり、あの笑みが自分に向けられたことがない寂しさも感じた。
 小麦は陸と話す相手を見た。陸に負けず劣らず長身の長い髪の女性。首に緩くホワイトオーガンジーのスカーフを巻き、裾のふんわりと広がるパステルカラーのワンピースからはスラリと長い足が覗いている。控えめのヒールのパンプスはそれ以上身長を高く見せないためだろうか。顔はひとつひとつのパーツが整った、透明感のある綺麗なひとだった。馴れ馴れしく陸の首に腕を巻きつけたまま、内側から輝くような魅力的な笑顔を浮かべているのを見て、胸が痛む。
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