まどわせないで
 あんなに親密そうにしているなんて、彼女……?
 それならなんでわたしではなく、あのひとを連れてこなかったの?
 小麦はふたりを見つめる瞳を苦し気に細め、手を握りしめる。
 仲の良さそうなふたりを見て、気持ちがざわめく。どうしてこんなに落ち着かないんだろう?
 小麦は、自分の感情に戸惑った。
 さっき、ぶつかり合う視線にドキドキ胸を高鳴らせたばかりなのに、いまはわたしのことを忘れてしまったように女性と話す如月さんに、不安からくるドキドキに襲われている。心のどこかで苛立ちさえ感じている。
 自分のなかにわき起こる感情に整理のつかない小麦は、横を通りすぎるウェイターから再びシャンパンを受け取ると、勢いよく喉に流し込んだ。炭酸がしみて咳き込みながら、テーブルに置いていた自分のお皿を取り、穴だらけになったローストビーフに再びフォークを突き刺した。特製ソースのかかった柔らかそうなローストビーフはさっきからお皿の上で弄ばれクタクタになっていた。いまの気持ちを表すなら、こんな感じだ。
 なんだか食欲もなくなってしまった。
 

「もしかしてそれは陸の代わりに串刺しにされてるのかな?」
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