まどわせないで
 穏やかだった社長の瞳が鋭さを帯び、探るように小麦を見つめる。

「あ、はい。夏野小麦です。」

「よかった、当たりだ。それで、小麦ちゃんは陸とはどんな関係?」

「か、関係? 同じマンションの隣人です」

 事務所の売れっ子だから、如月さんの人間関係を気にしているのかな。
 挨拶を交わしていきなりどんな関係って、そんなこと聞かれるとは思わなかったからびっくりだ。
 しかもいきなり小麦ちゃんなんて親しげに呼ばれてしまっている。

「なるほど」

 顎に手をあてて、頭のてっぺんから足の先まで観察するようにじっと見つめてくる。
 こ、今度はなに?
 まるで危険人物じゃないか確かめられているような気分だ。社長の真剣な眼差しに狼狽えた小麦は、目をパチクリさせたまま一歩下がる。

「どこにお務め?」

「えっ……一般企業の事務やらせてもらってます、けど」

「では趣味は?」

「は? あの、趣味ですか?」

 な、なんで趣味まで?
 これじゃまるで、お見合いみたい。
 それにいきなり趣味とか聞かれても困る。
 社長は小麦の答えを待っている。

「ええと、趣味ですよね? これっていうものはないですが、強いてあげるなら……食べること、でしょうか」

「ではお休みの日は1日食べている? そのわりには細身ですね」

「1日食べているってことはないですが、時間があるときは仕事が休みの日しか作れない、時間のかかる料理を作ったり、駅前に買い物に行ったりしてます」

 おかしくない?
 これ、お見合いのときに話すような内容じゃない?
 自己紹介から始まって私生活を探られるって普通じゃない。
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