まどわせないで
「社長!」

 珍しい大きな声に振り返ると腕にくっついていた女性をぶら下げている。小麦の視線が険しくなった。

「大麦に余計なこと吹き込んでないだろうな?」

「余計なこと? うーん、例えばなんだろうね」

 首をかしげてとぼける。

「大麦?」

 セクシーなやや掠れた声。それまで陸の腕に絡みついていた女性が、小麦の存在にやっと気づいたように目をとどめる。

「あなた……りっくんの知り合い?」

 りっくん? りっくんって如月さんのことだよね。
 その女性は陸から腕を離し、もっとよく見ようと小麦に近づく。
 わ。このひと、わたしより大きい。
 間近でみるその女性は、スタイルがいいだけじゃなく、とても綺麗なひとだった。颯爽と街中を歩く横を、すれ違う男性の誰もが振り向く魅力的な女性。

「知り合い、というか……同じマンションに住む隣人です」

「ふぅん? たったそれだけのお付き合いしかしてないのに、りっくんに連れてこられたの?」

「ええ、まぁ……はい」

「わたし、神戸悠よ。よろしくね」

 輝くような笑顔で手を差し出された。その指にはシンプルながらもデザインのよい指輪が煌めいている。
 綺麗な上、嫌味もなく優しそうなひとだ。こんなひとに勝てるわけない。
 わたしはなにをかけて勝負をしようとしてるの?

「わたしは小麦、夏野小麦です。よろしくお願いします」

 握手をした小麦は、手を覆うくらいのしっかりした大きな手に驚いた。
 りっくんって気軽にいえる間柄なんだ。どんな関係なんだろう。
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