まどわせないで
 陸はどう攻めてやろうかと、無駄な抵抗を試みる小麦を見た。
 黒曜石のようなに艶やかな大きい瞳は、長いまつげに縁取られている。透き通るような白い肌は、触らなくても滑らかだということかわかった。顔の回りをふんわり包むツヤのある絹糸のような黒髪のフェミニンロング。
 一般的な女性と比べると、身長は高くスタイルもいいようだ。しかしこの女には最大の欠点がある。女性特有の豊かな胸が見あたらない。胸にくる栄養が身長にいってしまったのか?
 女性らしい見た目に、なにかが足りない。
 色気だ。

「ど、どこ見てるんですかっ」

 視線を感じたのか、胸の前で腕を交差させ、自分を守るように肩を抱きしめる。
 隠すものもないのに。
 陸は思わず笑ってしまった。

「ここにはない理想を見ていた」

 出るところが出て、色気があれば完璧だったのに。

「ここにはない理想?」

 このひとはなにをいっているんだろう? 小麦は首を傾げた。

「さて。本題に戻ろうか」

 濃厚なとろりとした蜂蜜みたいな声に、絡めとられる。顔を背けようとした小麦は顎を捉えられ、上向かされた。心の奥まで見透かすような真っ直ぐな瞳とぶつかる。

「壁ドンまでの経緯を細かく説明してもらおうか」

 だめだ。抵抗出来ない。みぞおちの少し下のほうが、騒ぎ出す。この男、危険だ。

「だ、だから、挨拶に来た日以来姿が見えなかったから、ちょっと心配だったんです! いつも静かだし生活感もなくて、外から電気ついてるの見えなかったから、もしかしたら風邪引いたまま状態が悪化して孤独死してるんじゃないかって心配になって、なって、その……」

 全部ぶちまけようとしていた言葉が止まる。
 コップを使って様子をうかがったなんていったら、おかしいひとだと思われそうで、いいたくなくなったのだ。
 誰だって、声も見た目も、素敵なひとに変なやつだって思われたくないでしょ?

「どうしてラーメンだと思ったのか、教えてくれるな?」

 心まで満たすような声で、そんな穏やかな笑顔で微笑まれたら、抵抗する気持ちも崩壊してしまう。小麦は自分でも知らず知らずのうちに、如月をうっとり見上げていた。
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