まどわせないで
 付き合うきっかけは、修学旅行に行った夜に突然された告白。好きな奴いないならお試しでいいから付き合ってといわれて、オーケーしたのだ。ファーストキスは学校帰りに自然と唇を合わせてた。一瞬触れ合っただけの唇にドキドキはしたけど、期待感が大きすぎたのか、キスなんてこんなものかとどこか冷静でいたのを覚えている。

 それが。
 如月さんとのキスは違った。
 キスの仕方を教えてくれた如月さんの唇は本当に優しくて、キスをするときは必ず体のどこかに彼の体温を感じて、穏やかな気持ちになる一方で、心が震える感動みたいなものが呼び起こされる。
 もっとして欲しいと望んでしまうような。
 この違いはなんなんだろう?
 キスの経験?
 それともわたしの気持ちの問題?
 冬里は好きだったけど、大好きだったかと聞かれると答えに躊躇う。

「ほら煮付け、焦げそうだぞ」

 その声に導かれるように煮付けの鍋を見ると、最初は水っぽかった煮汁がとろとろになって泡がグツグツ、焦げる一歩手前の音をたてている。

「本当、大変っ!」

 慌てて火を消して、

「って、えぇ!?」

 いまの会話に違和感を覚えて振り返ると、ここにいないはずの陸が後ろに立っていた。

「えっあ? えぇ!? い、いつからそこに? っていうか、なななんでいるんですか!」

 あまりの驚きに、後ろに下がろうとして台所にお尻をしたたかぶつける。

「いたっ……」

「考えごとか? インターホン鳴らしたんだぞ」

 気づいてもらえなかったことに腹を立てているのか、少し不機嫌そうに換気扇を指さす。小麦はぶつけたお尻をさすりながら上を見上げた。換気扇が音をたてて回っている。
 わたしはインターホンに気づかなかったけれど、如月さんはこれを見てわたしが家にいるってわかったのね。ああそっか、納得……って。
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