まどわせないで
「残念だな。ゲームオーバーだ」

 静かな声が小麦と冬里、ふたりの間にある緊張感を突き破った。
 それはここにいない、ここに現れるはずのないひとの声。

「如月さん……!」

 いつもと変わらない颯爽とした姿に、安堵から強張っていた体の力が抜けそうになる。

「大麦、門限過ぎてる。帰るぞ」

 落ち着く蜂蜜声が、体に浸透してくる。それはもう大丈夫だと伝えるように。
 なんでここに彼がいるのかなんてどうでもいい。助けに来てくれたことが嬉しかった。
 突然現れた第三者の登場に動きを止める冬里の横を通って、ぶつかるように陸の胸に飛び込んだ。しっかりとした腕が小麦を抱き取る。

 顔を上げろ。

 陸が耳に囁いた言葉通りに顔を上げると、彼の顔が下りてきた。

「え? うそ、ん、んん……っ」

 まさか突然そんなことされるとは思わなくて、おもわず声が漏れる。
 しばらくして陸の唇が離れ、抗議しようと口を開けたところで今度は顔を硬い胸に押し付けられた。
 これじゃ話せない……!
 陸は抱いた小麦の肩に顎を乗せ、真っ直ぐ冬里を見つめた。

「不感症がこんな声出すわけないだろ」

 勝ち誇った笑みを投げる。

「こいつはお前みたいな安い男が相手のできる女じゃない。触れていいのは俺だけだ」

 先ほどの穏やかな声から一転して、空気を切り裂くような冷たい声。そのギャップか大きければ大きいほど、相手を怯ませる力も絶大だった。
 冬里は息を飲む。
 とても太刀打ちできる相手ではないと悟ったのだ。
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