まどわせないで
 小麦が悩んでいる頃、陸は台本読みも上の空で険しい表情を浮かべていた。
 あいつ、いったい俺になにをしたんだ。
 ただの隣人から夕食係りに昇格したバカ正直な小麦は、それ以上に距離を縮め、俺のテリトリーに土足で踏み込んでくるようだった。

 気に入らない。
 気にしなければいいのに、気になる。

 気になると、頭が勝手に小麦のことを考えはじめるのを止められなくなる。
 いままで欲しいものは全て諦めてきた。執着するのを嫌って興味がないからと、心から欲しいわけではないと追いやってきた。
 それなのになぜか小麦は切り離せない。いままで切り捨ててきたものと一緒に出来ないのはなぜなんだ?
 答えの出ないイライラにもまして、小麦に関しては納得出来ない思いがもうひとつ。
 あいつの同窓会の帰り、俺はキスひとつで満足できなかった。
 一方的にされるディープキスに翻弄されるまま、足元をふらつかせ、体を震わせながらしがみついてくる小麦が、どうしても欲しくなった。

 強い欲望を感じたことがあっても、我を忘れたことなど今までなかった俺が。やめどきがわかっているはずなのに、自分を止めることができなかった。もっと欲しいと強く求めた。
 その一方で、あんなに無垢な小麦を軽々しく夜道で抱くわけいもいかない。ふたつの相反すると気持ちがせめぎあう。
 わかっているのに舌を絡めたい、小麦のなかで欲望を解き放ちたい衝動に圧倒された。
 指を絡め体を重ねたとき、お前はどんな風に乱れる?
 どんな表情で、甘い声で泣く?
 欲望を抑えるのに必死だった。
 だからこそ男の扱いに手慣れた女でもない小麦に、そんな影響力を与えられたことに腹を立てていた。
 くそっ!
 だったらいっそのこと、一回抱いて満足すれば他の女と同じように扱えるようになるのか?
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