まどわせないで
 夜。
 夕飯の準備をしてテーブルについた小麦は、目の前の料理を見てため息をついていた。
 今週はひとりご飯なのに、いつもの調子で多めに作ってしまった。
 最近まで自分の分作るのが当たり前だったのに。多目に作ることに慣れてしまっている。

「いただきます」

 食べはじめて更にため息。
 なんだかご飯が味気無い。
 壁掛け時計の秒針がカチカチいう音がやたら大きく聞こえてくる。
 ひとりで食べるご飯って、こんなに静かなんだっけ?
 黙々と食べていると、スマホからメール受信のメロディ。

『飯食ってるだろ』

 あ! 如月さんだ。
 ご飯中で行儀悪いかなと思いつつも、嬉しくなった小麦はすぐに返事を返した。

『はい。食べてます。如月さんは夕飯食べました? いまはどちらにいらっしゃるんですか?』

『食べてる。社長の家』

『社長の家? ってことはまだ東京ですか?』

『こっちの家には全部揃ってるから遠征の準備がしやすい』

 社長の家に荷物が揃ってるって……もしかして一緒に暮らしていた、とか?
 陸の言葉に思案していると、再びメールが来た。

『明日は大阪』

 大阪?
 考え事を頭のすみに追いやり、慌てて返信をする。

『遠くに離れちゃうんですね』

『寂しいのか?』

 スマホの画面の向こうで、意地悪な笑みを浮かべていそうな返信だ。
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