≪短編≫群青
「親父さぁ、愛人いたんだって」

「え……」


言葉に詰まってしまう。

なんて言えばいいのかわからなくて。


大雅は足元に落ちていた小石を彼方へと投げながら、



「俺が中学に入ってから、親父はあんまりに家に帰ってこなくなった。おふくろは俺の前では普通なんだけど、夜な夜な部屋で泣いてるし。そういうのが嫌で、俺もあんまり家に帰らなくなってさ」


それが大雅の、今まで家に帰りたがらなかった理由。



「綾菜と最後に会った日、俺、昼間家帰ってたって言ったじゃん? おふくろと話したりしてたって」

「……うん」

「俺、あの日、おふくろに言ったんだよ。『何で離婚しねぇの?』って。『そんなに泣くくらいなら離婚した方が楽になれるじゃん』、『俺のことなんか気にしなくていいから』ってさ」

「………」

「したら、おふくろが言ったんだよ。『離婚したら負けじゃない』、『私が簡単に身を引いたら、それこそお父さんと愛人の思う壺じゃない』って」


大雅は薄く笑った。



「俺、その時、初めて知ったんだよ、親父に愛人がいたの」

「………」

「今までは、ただの夫婦のすれ違いっていうだけだと思ってた。でも、違ったんだよな」


やっぱり私は、大雅に何も言ってあげられなくて。

大雅は自嘲するように言葉を続ける。



「正直、親父のこと、気持ち悪ぃって思った。親子だと思いたくなかった。だから逃げるように綾菜の家に行った」

「………」

「でも、綾菜にセフレとか言われてさ。あぁ、俺も親父と同じことやってたんだなぁ、とか、ほんとに俺と親父は親子なんだなとか思ってたら、自分のことも嫌になって」


息を吐く大雅。
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