吸血鬼の翼
午後6時頃―。
家に着いた美月はイルトに2階の窓から入る様に諭して、家のドアを開ける。
「おかえり…どこ行ってたの?」
母が台所から出て来て迎えてくれた。
よく見れば少し顔が曇っていた。おそらく学校から『来ていない』と連絡があったのだろう―。
イルトに町を案内していたなんて口が裂けても言えないし…。
適当に誤魔化そうと思った美月は俯きながら口を開いた。
目を合わせて嘘を付く自信もないし…
「…行く途中でしんどくなったから、公園にいたの―」
明らかに嘘だと分かる理由を言ってしまった。
我ながら、もう少しマシな言い訳が出来なかったのかと呆れる。
しかし、そう言うと母は本当に心配そうに美月の顔を窺った。
「そう…。病院、行かなくて平気?」
とても優しい声―。
久しぶりに聞いたような気がして驚いた。
瞼が熱くて下を向きながら『大丈夫』という事だけ答えて靴を脱ぎ、階段をかけ上がる。
部屋のドアノブを引くとイルトはベットの上に座っていて、不思議そうに此方を見ている。
「どうしたんだ?」
「え?」
イルトの言っている意味が分からなかった。
「嬉しい事でも、あったのか?」
イルトの言葉で美月の表情が柔らかいものになっているのだと気が付いた。
そう、無意識の内に微笑んでいたのだ。
美月は何も答えないまま、小さく頷いた。