吸血鬼の翼
希望【過去編⑤】
……ルト…
……誰だ?
………起きて…
誰かに呼ばれた気がして、ゆっくりと目を開く。
気が付くと、痛みはなく、怪我した場所は全て綺麗に塞がっており、癒えている。
…ラゼキ達、無事かな?
ぼんやり頭の中で思うとイルトは緩慢に立ち上り、辺りの光景を瞳に映した。
視界に入って来たのは、祭壇とステンドグラス。
後方には2列に並んだ長椅子とその間は外の扉へ続く道。
そこは礼拝堂の中に“似ていて”静かな場所だった。
窓を見れば、燦然(さんぜん)と輝く朝日が差し込んでいる。
まるで、あの夜の事が、嘘みたいな平穏さが此処には存在していた。
「………」
祭壇の奥にある巨大なステンドグラスは色とりどりの光を持って、イルトや室内を優しく照らす。
ふと、昔を思い出した。
この浸っていたい様な懐かしい雰囲気。
まだルイノと会って間もない頃を彷彿させる。
「……イルト…」
慈愛に満ちた声。
さっき夢で呼ばれた声と同じだった。
後ろを振り返るとそこにはこの場所に良く似合う人物が此方を穏やかに見ていた。
「ルイノ……」
その人の名を紡ぐと嬉しいそうに新緑の目は細められる。
それに酷く胸が締め付けられたイルトは思わず、視線をルイノから逸らした。
「…ゴメン、俺…」
俺の所為で、俺が全部…
悲痛の思いで続けようとした言葉は自分の頭を撫でるルイノの手の平に遮られる。
まるで、何も言わなくてもいいと宥められてるみたいで涙が溢れそうになった。
「……イルト、君にはしてもらいたい事があるんだ。」
真剣な眼差しでイルトを見るルイノは何処か寂しさを感じさせる。
まるで、今生の別れを予感させる様な…
そんなルイノの様子にイルトは動揺と不安を隠しきれずに朱い瞳は揺らめいた。