吸血鬼の翼
治癒魔法ではないけれど、出血を止める方法なら知っている。
徐々に冷静になっていく頭をフル回転させながら、イルトはルイノの口に自分の腕を啣(くわ)えさせた。
「…ルイノ痛いかもしれないけど我慢してくれ。」
口は塞がれてるので喋れないが、ルイノは静かに頷く。
それを確認したイルトはルイノの服を引きちぎる。
そして、ルイノの体温を奪って行く爪を一気に引き抜き、素早く傷口を魔法で焼いた。
その瞬間、痛みでイルトの腕にルイノの歯が食い込み、シャツにうっすらと血が滲み出る。
それに構わず、先程破ったルイノの衣類を包帯代わりにして、怪我した腹部に巻きつけた。
イルトは最後に手に持っていたロヴンの爪をグッと強く握り締めた。
すると、瞬く間に粉砕され、砂となった爪はサラサラと床に散らばった。
やっとの思いで、止血に成功したイルトは一息吐いた。
「…イ、ルト……」
イルトの袖を必死に掴むルイノの瞳にはいつもの穏やかさがあった。
「僕は大丈夫…だから…行って……」
虫の息でも尚、自分を逃がす事を優先するルイノに胸が締め付けられる。
体温だって上がってないし、止血をしただけで安静にしていなきゃならない。
イルトはそんなルイノの体を抱き上げ手前にある長椅子に座らせる。
「……先にラゼキ達にルイノを預けてからでも」
「お願い…時間がないんだよ…イルト」
傷口が痛むのか、ルイノは顔を歪ませながらイルトを叱咤する。
親であり、兄でもある様なルイノを置いていく事を悔しく思ったが、ここまでされてはもう覚悟するしかないだろう。
「……分かった、もう行くよ。」
ルイノの傍でしゃがみ込んだイルトは彼の手を優しく包む。
新緑の瞳は相変わらず、曇り一つ見せずに綺麗な色をしている。
「1人の少女を…見つけて……体内に光を宿す……聖女を…」
「…聖女……」
ルイノの言葉を受け取ったイルトはその核を示す存在を口に出した。
「……その子なら、きっと君の傍に…君の力になってくれる。」
息を切らしながらでも、笑ってみせるルイノはイルトの頭を惜しむ様に優しく撫でる。
「必ず帰って来るから…」
それだけ答えたイルトは涙を堪える為に口を結び、緩慢に立ち上がった。