吸血鬼の翼




美月は以前まで、イルト達と一緒に暮らしていた事のあらましをイクシスに話した。
それを聞いていたイクシスは何か考えているのだろう。
物思いにふけている。

「イルトとラゼキを迎えに来たの?」

そんな様子のイクシスに悪いなと思いながらも、気になった事がある美月は遠慮がちに聞いてみる事にした。

そんな美月にイクシスは眠そうな表情を不機嫌そうに歪めた。

「……違う」

何故か、イクシスは蒼い瞳を美月から逸らさずに見つめながら答える。

さっきから、何だろう?
この視線は…

「…ねぇ、あんたの名前は?」

否定だけすると、今度は逆に此方に聞き返して来た。
知ってどうするというのか。
今後、会うか分からない相手の名前なんか…

美月は暫く悩み逡巡していると、イクシスはまた美月の近くへ寄って来る。
それはもう鼻と鼻の先が触れそうなくらいに。
これじゃ、選択は1つしか残ってないじゃないか。

「………美月よ…」

「ふぅん、みづき…かぁ」

美月は透かさず、イクシスとの距離を取る。
まだ激しく高鳴る鼓動を何とか抑えようとして深呼吸を幾度か繰り返した。

そんな美月に構う事なく、1人彼女の名前を呟き頷いている。

一体、何だと言うんだ…?

呆然としている美月を後目にイクシスはベンチから立ち上がり此方を振り向く。

美月もぼんやりとイクシスを見ている。
彼の読めない行動に困惑しているのだ。

「みづきの傍に居たら、早く見つかりそう…」

一見、イクシスの表情を窺うだけなら無表情にみえる顔は確かに微笑んでいた。

それだけなら、まだしも益々、イクシスの言動について行けない美月は首を傾げた。

「…見つかるって…イルト達の事?…それとも」

「これから宜しく…みづき」

美月が続きを口に出す前にイクシスの言葉で遮られる。
それから、イクシスの一方的に述べられた“始まり”に美月は悲鳴に近い声を上げた。



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