吸血鬼の翼
美月の待つ姿勢が面白くないのか、ベンチへ座り直し、イクシスは眠そうな目を更に気怠そうにする。
「……今は仕方ないけど、その先はどうだろうね…」
イクシスのキツい返事に美月は眉毛を下げて、俯く。
確かに今の状況はどう見ても、臨時的なものだろう。
再び、元気を無くした美月は小さく手を握った。
「……そういえば、コレみづきのだよね?」
「え?」
手に持っていたのか、イクシスは美月の前に本屋の袋を差し出す。
落としたのを忘れていた美月は慌てて袋を受け取った。
「…拾っててくれたの?」
「傍に落ちてたから……」
イクシスは明るくなる美月の表情を不思議そうに眺めた。
これくらいの事、別に喜ぶ必要があるのだろうか?
無気力に答えるイクシスを余所に美月は袋を両腕に納めると柔和に微笑んだ。
「ありがとう…」
嬉しそうにはにかむ美月にイクシスは自分の敬愛する人と重ねて見てしまった。
決して、派手ではないけれど、華のある笑顔。
独自の持つ、穏やかな雰囲気。
それに先刻のクラウに対してのあの勇ましい態度。
短刀を向けられても、変わらない強い瞳。
それは死を覚悟してのものじゃなく、決して諦めない強い想い―。
イクシスにはそんな感じに見えた。
全てが似てなくても、何処か面影のある彼女にあの司祭を見てしまう。
蒼い瞳は美月を捕らえ、視線は首へ移る。
短刀で少し切れた傷跡。
更には締められた跡が、紫色の痣になって痛々しく残っていた。
「……ごめん…」
「…え?」
イクシスは自分の取った行動に初めて後悔した。
あの時、傍観に徹するんじゃなくて直ぐにでも助けるべきだった。
そうすれば、こんな酷い痣出来ずに済んだに違いない。
俯いたイクシスは謝罪の意味に気付いていない美月の肩口に顔を埋めた。