吸血鬼の翼
“糸”に集中する為、視界に邪魔されない様に青年は双眸(そうぼう)を収める。
静かな空間。
時計でもあれば、秒針の音でも大きく聞こえて来そうな静寂さ。
微かな声が聞こえる。
小娘の恐れから来る乱れる呼吸に苦悶する小僧の抜ける様な息。
どんな、小さな音も見逃すな。
本当に無の状態に等しい雑音のない空間から、僅かに糸が振動し、美月の後ろから引っ掛かりがあった。
「そこか!!!」
漸く気配を察知した青年は美月越しに糸を自身へと手繰り寄せる。
糸から手応えがあり、捕らえたと確信して、笑みが零れたが、それは一瞬の事。
「何度も“同じ手”は喰わんで、バル?」
「まさかっお前は!!」
捕らえた筈の糸は途中から千切られて、力を入れた反動で青年は少しよろめく。
ようやっと気配の正体に気付いた青年は一歩、身を退いた。
声が後ろで響くと同時に美月を縛っていた糸がプツリ、プツリと解かれていく。
拍子で弛緩している美月の体は重力に従い床に向かう。
ぶつかる寸前の所で受け止める腕に後ろから支えられた。
「……佐々木君、じゃないよね?」
美月が脱力した腕を持ち上げ様とすれば、それをしっかりと相手に掴まれてしまった。
「何でこんな所に来たんや、アホ」
「……ラゼキ…だ。」
美月の求める言葉に返事はなく、代わりに叱咤する声が耳に入って来る。
名前を聞くまでもない、そうだこの人はラゼキだ。
でも、呼ばないと存在しない気がして嫌だった。
久し振りに聞いた声が懐かしくて嬉しい。
そんな気持ちになるのは何でだろう。
止め処なく、涙が溢れて前が見えない。
きっと、その向こうには“あの人”も居るんだ。
そう思うとまた嬉しくてたまらなかった。