吸血鬼の翼
* * *



廃ビルを仰ぎ見ていた一人の少年は朱い瞳を不安な色で浮かべていた。

「ラゼキは待ってろって言ったけど…」

まさか、ミヅキがこのビルへ入って行くなんて思わなかった。
それにイクシスや知らない少年を連れてるなんて、誰が予想出来た事だろう。

その姿を見た瞬間、ラゼキは直ぐ様、ビルへと入って行った。

彼は確かに頼りになるけれど、妙な胸騒ぎが少年の中で暴れる様に駆け巡っている。

本当に無事に帰って来られるのだろうか?

待っているだけが不満なら、いっその事、このビルへ入って確かめれば良い―

己の瞳で彼女の安否を確認して
己の手で彼女を守って
己の言葉で彼女を安心させて

…何て愚かな気持ち。
今の自分がソレをしてやれそうにもない癖に。

干からびた両手に視線を落とすと朱い瞳は悲痛に揺らめく。

血を飲まない事がこんなに歯痒くて苦しいんだと改めて感じた。

ルイノを助けてやれなかった時から、それは存在している。
しかし、飲む事を拒んでしまうのは飢えた分だけ反動が返ってくる事に危惧するから。
吸血鬼の本能が理性や記憶を飛ばしてしまいそうで怖いから。

血塗れになったルイノを見てしまった事もあるのだろう。

その日から、誰の血も受け付けない。
いくらラゼキに飲めと腕を差し出されても…飲めないのだ。

もう、俺の所為で誰かが傷付くのは見たくないんだ――

少年は瞳に暗い影を落とす。
何て酷い矛盾。
助けに行きたいと思う一方で、皆を守る事になるだろう原動力を拒むだなんて。
怖い、だなんて―
そんな理由いくら並べたって己の我侭に過ぎないと思う。

「…最低だな。」

自嘲気味に少年は口元を歪ませる。
逃げている、先が怖くて見ようしていない。
分かっているのに進めない。
こんな俺を見たら、ルイノは困った様に笑うんだろうな。

もっと毅然であれたなら、良かったのかもしれない。

でも――出来ない、出来ないんだ。

廃ビルを前にして、ただ立ち竦む少年はラゼキに借りたコートを羽織り直すとそこから目を逸らした。



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