吸血鬼の翼
“君はそれで良いのか…?”
「誰だ!?」
廃ビルから目を逸らし、距離を取ろうとした間際に頭の中から声が響いて来た。
思わず、周りを見回したが、やはり誰の姿もない。
確かに聞こえた筈だ。
これは幻聴なんかじゃない。
低く嗄(しわが)れた声が自身に問い掛けるみたいに。
優しい老人の声が―
“君を待っている人がいる”
少年が動揺している所で再び、老人らしき者の声が自身へと向けられた。
「…待ってるって誰が?」
返事が返って来るかも分からない相手だったが、問わずにはいられなかった。
誰が待っていると言うんだ。
何も出来やしない俺を。
“選びなさい、何もせず朽ちるのか、動いて変化を齎(もたら)すのかは君の自由だ”
少年の求めた答えはなく、代わりに自身へと選択を迫られた。
自由と声は言うが、何処となく選択肢は1つしかない様に思える。
そんなの、言わなくたって分かっているんだ。
「今の俺が行ったって足手まといになるだけなんだよ、どうすればいい!?」
悲鳴の様に問い質す少年の声や表情は痛々しいものがあった。
必死に足掻いている。
心の中で葛藤しているのだ。
“…己を信じなさい、吸血鬼の少年”
「え…俺を知ってる?」
その瞬間、何故か頭の中にはルイノが思い浮かんだ。
でも、この声はルイノのモノじゃない。
何年も一緒にいたんだ間違える筈がない。
じゃあ、誰なんだ?
「あんたは誰なんだ!?」
焦燥感から叫んだと同時に一陣の風が少年を通り過ぎて行く。
それに乗って廃ビルの方角へ掻き消えたかの様に頭の中の声はしなくなった。